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松浦敏尚さん(NPO法人市民メディアセンターMediR事務局スタッフ)

投稿者: ourplanet 投稿日時: 金, 08/13/2010 - 06:58
松浦敏尚さん(NPO法人市民メディアセンターMediR事務局スタッフ)

松浦敏尚さん(NPO法人市民メディアセンターMediR事務局スタッフ)
1977年生まれ。静岡県出身。高校卒業後、仕事をしながら社会運動に参加するようになる。2006 年に出会った韓国のメディア運動とメディアセンターの存在に衝撃を受け、日本におけるメディアセンター実現の準備に加わる。現在、NPO法人市民メディアセンターMediR (メディアール)事務局スタッフ。

メディアに関心を持ったのは?
 
 20歳前後からメディアについての問題意識を持つようになりました。社会運動に関わるようになって、世の中に伝えられていない様々な人の思いを感じるようになったのです。2001年あたりにインターネットで映像がストレスなく見られるようになり、イラク戦争反対の集会などをインターネットで見ました。当時、静岡の田舎に住んでいたのですが、映像から臨場感が伝わり、力をもらいました。そこからインターネットの見方が変わったのです。

メディア活動をするきっかけは?
 
 自分がはっきりと変わったのは韓国のメディア運動の存在を知ってからです。2004年3月、盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領の弾劾糾弾キャンドルデモがありました。それは、インターネットを使った若い世代の行動から起きた社会運動でした。掲示板の書き込みや街頭の行動がリンクしてたくさんの人が集まって行動を起こしたのです。しかもその多くは若い世代が楽しそうにやっていて、同時にその行動が社会を変えていく力をもっていた。そんな状況がすごいな、と。
 2006年3月に韓国のメディアセンターを見学するツアーに参加しまし、そこでパブリックアクセスの現実を目の当たりにしました。また、その仕組みが人々の運動の成果だと知り、勝手に法律が変わって享受しているわけではなくて、自分たちで勝ち取ったというところが重要だと思いました。日本へ戻ってから、メディアセンターを作りたいというメンバーとともに、MediR設立に向けて動き始めました。

これからやっていきたい事は?
 
 今、一番関心があるのはメディア教育論。日本の中でもメディア教育は色々な形で、様々な人が実践してきたと思います。でも繋がりが弱い。メディア教育の実践者をつなげていくことと、その中の成果物を成熟、洗練させていくことをやっていきたいです。日本の社会状況に馴染むような、求められるメディア教育を試行錯誤しながら作り上げていくのがこれからの課題です。