福島第一原発事故
2020/07/08 - 03:30

ヨウ素配布から健康調査まで〜医大未公開資料が語る新事実


提供:東京電力

「データは今でも続く広島の原爆訴訟と同様に貴重な訴訟資料となりうるものだが、その点を強調したPRではできない。発がんリスクが1%あれば他要因での発がんでも裁判では原告勝訴となる」

東京電力福島第一原子力発電所事故に伴い、福島県民200万人の健康調査を行っている福島県立医科大学の未公開資料がインターネット上に公開され話題を呼んでいる。震災直後から福島医大内に設置された「災害対策本部」の議事録だ。20歳未満の子ども全てにヨウ素配布しようと検討していた有様などが克明に記録されていた。


岩波書店「科学」2020年7月号

事故初期の貴重な資料
貴重な資料が掲載されたのは、岩波書店が発行している月刊誌「科学」のホームページ。『浮かび上がる3.11後の安定ヨウ素剤をめぐる対応と県民健康調査の出発点―福島県立医科大学の非公開議事録から』と題する麻田真衣さんの記事に付属する関連資料としてアップされた。

資料によると、2011年3月11日、東日本大震災が発生した当日の夜21時半に、災害対策本部の全体ミーティングが初めて開かれている。12日には、福島第一原発から被曝した作業員が運ばれてくる可能性があるとして、受け入れ準備を開始。1号機の爆発で、ほこりをかぶったという双葉町民が来院したとの記載もある。


福島県立医科大学国際科学医療センター(2016年竣工)

安定ヨウ素剤の配布について話題にのぼるのは、14日午後3時の全体ミーティング。「救急チームには配布済み」「40歳以下に配布」との記載があり、この時点で、病院関係者には、1回2錠の服用するよう、ヨウ素剤を配布していたことがわかる。さらに19日午前9時の全体ミーティングには、「看護部以外の所属職員子供に対するヨードの会議終了後、所属に配布」との記載があり、職員だけでなく、その子どもにも配布していた。


安定ヨウ素剤(撮影協力:牛山元美医師)

「20歳未満は絶対に服用するように」
一方、県民への配布が検討されたのは16日午前9時の会議だ。「甲状腺がんが怖いが、製剤を全県民に配るのは不可能」とした上で、「製剤の配布にあたって、年齢制限をかけるべき。」と、真剣に議論が交わされていたことがわかる。結局、40歳以下を対等とすることとなり、特に子ども世代については、「20歳未満は絶対に服用するように」と強調していた。

その6時間後。午後3時の会議録にはこんな記述がある。「子供に対する放射線ヨウ素の吸収を防ぐため、100マイクロシーベルトを予防的のレベルとした。子供を守るため、対応マニュアルを作り、県内の薬局全部に配布したい」「各薬局へ相談するよう、テレビのテロップに流す予定。」この時点では、薬局を通じての配布が念頭に置かれていたようだ。しかもテレビを通じて、積極的に県内に周知をはかろうとしていたことが見て取れる。

この後、19日午前9時の議事録には、「浜通り30万錠は配布済み。中通り24万錠+50万錠は市町村単位で配布」との記載があり、確実に配布準備が進めらていたことを物語っている。しかし結局、安定ヨウ素剤は配布されることはなかった。なぜか。議事録ではその経緯は明かされていない。


「20歳未満は絶対に服用するように」との記述がある2011年3月16日午9時の全体ミーティング録

「データは重要な訴訟資料」
このほか、注目に値するのが、「県民健康調査」に関する記述である。まだ事故の収束見通しがついていない2011年3月23日に、菊地理事長(当時)が早くも「健康調査」に言及。同月28日には、「健康調査は新たな医大の歴史的使命。」「狙いは(1)啓発教育のプロの要請、(2)小児甲状腺がんの追跡調査」「本学でイニシアチブを取る」と前のめりな姿勢を見せている。

また18日に医大入りした山下俊一長崎大学教授(当時)は同じ会議で、被曝問題では省庁の縦割りによる壁があることを助言。同月31日の会議では、内閣府に「健康調査」を提言したと報告した上で、「広島では原爆投下後、12万人を対象にアメリカの協力の下2年に一度の健康調査を実施したが、「調査・研究」の言葉に被爆者が怒った経緯があるゆえ、「調査・研究」は禁句」と関係者に釘をさしていた。「県と医大は山下教授を中心に動く」。同日の会議で菊地理事長がそう語った通り、被曝問題については全て、山下氏のペースで進められていたことを、会議録は裏付ける。


山下俊一教授(左)と鈴木眞一教授(右)(2018年撮影)

そして、その山下氏の発言で気になるのが、広島や長崎の原爆症を強く意識した発言だ。4月15日の会議でも、「住民基本台帳や避難経路のデータベース作成が必要。」「住民の安全・安心のために実施するという姿勢。調査・研究ではないが、台帳が今後の損害賠償のベースになる」と、健康調査だけでなく、賠償との関わりについて言及しているのである。

翌年12年3月21日に開催された「災害対策・復興支援実務者会議」には、さらにこんな発言もある。「基本調査が本来必要なのは20数万人(避難者、妊婦、子ども)。」「データは今でも続く広島の原爆訴訟と同様に貴重な訴訟資料となりうるものだが、その点を強調したPRではできない。国も担当を環境省としているのは過去の公害訴訟と訴訟と同様を想定している。発がんリスクが1%あれば他要因での発がんでも裁判では原告勝訴となる(放射線を浴びたリスクはゼロにはならないが裁判官は100%を求める)」(下線はすべてOurPlanetTV)

OurPlanetTVが情報公開で入手した文書では黒塗りになっている

岩波「科学」電子版に掲載された議事録のうち、黒塗り箇所を赤で囲んだもの(筆者)

原爆被爆者や原爆訴訟のことを理解し、繰り返し言及しているという点で、山下氏の発言である可能性が高いが、発言者は記載されていない。そこでOurPlanetTVは、この発言をした人物を特定できる資料を求めて情報公開請求をしたが、現在、残っているのは議事録だけで、関係文書は一切ないという。しかも、議事録そのものについても、当該箇所は黒塗りだった。不開示理由は、「公にすることにより、未成熟な情報が確定した情報と誤解され、混乱を生じさせるおそれがある」とからだという。

そこで、医大と山下氏本人にメールで発言者や発言意図について確認を求めたが、返答はなかった。だが、国側敗訴を繰り返した「原爆症認定裁判」を意識して、「県民健康調査」が設計されたのは間違いないだろう。県や医大は、これらのことを県民に隠したまま、「県民の安心と安全のため」との触れ込みで、調査の受診を勧奨していたのである。

きになるのは、事故初期から、会議に、医大職員だけでなく、文科省の専門官などが同席していたことだ。また山下氏も、福島入りした直後から、頻繁に文科省や内閣府を訪ね、県民健康調査の方針や予算措置について、国とのパイプ役を務めるなど、緊密な体制を構築してきたことがわかる。事故当初、県民を守るために必死だった医大が、山下氏の講演を契機に風評被害払拭に舵を切り、被曝由来の健康被害を否定するために動いてきたことが、この議事録から伺える。同文書は以下のページから入手できるほか、「科学」の本誌には、200ページにわたる約1年間の会議録の重要発言を網羅した一覧表が掲載されている。

2011年3月11日〜5月25日までの議事録(31Mのpdf)
2011年6月1日〜2012年3月21日までの議事録(20Mのpdf)

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