TOP

岩波ブックレット「メディアをつくる~「小さな声」を伝えるために」発売中

投稿者: ourplanet 投稿日時: 月, 12/05/2011 - 08:01
岩波ブックレット「メディアをつくる~「小さな声」を伝えるために」発売中

OurPlanetTVから新しい本が誕生しました。岩波ブックレット「メディアをつくる〜「小さな声」を伝えるために」(500円)です。
 
マスコミが信用できないなら、自分たちでメディアをつくろう!
マスコミのあり方に疑問を感じ、テレビ局を辞めたOurPlanetTVの代表・白石草が、自らの体験をもとに日本のメディアの抱える問題を検証。ツイッターやユーストリームなどが普及する今、ニートの若者、性的マイノリティ、脱原発デモ...多様な人による、多様な情報発信の試みをはじめ、国内外に広がる一般市民による様々な情報発信の試みを紹介しています。
 
【目次】
はじめにーメディアが激変する時代に
第1章 ジャーナリズムが機能しないのはなぜ?ー私の経験から
第2章 今、誰もが発信者の時代へ
第3章 世界に広がる「市民チャンネル」
第4章 「小さな声」を伝えるためにー始まる日本での試み
おわりにー一人ひとりがメディアの主役に
  
【書評】
永田浩三~隙だらけ、好きだらけ日記〜白石草さんのブックレット
http://nagata-kozo.com/?p=4820

はじめにーメディアが激変する時代に
戦後60年以上経つが、ここまでマスメディアが信頼を失った時代はないだろう。福島第一原発事故では、国内のマスメディアの多くが、パニックを恐れる当局と足並みをそろえ、事故を過小に報道した結果、多くの住民が避けられたかもしれない被曝をすることとなった。この状況はいまだに続いており、テレビや新聞は信用できないどころか、見たくもないという人すら現れてきている。地デジ完全移行後に、NHKの受信料契約を解約したのは9万世帯。テレビ離れが徐々に進んでいる。
一方、原発事故後にインターネットによる情報収集に熱心な人は爆発的に増えた。これまで、ネットの情報に懐疑的だった、小さい子どものいる母親たちも、もはや「信頼できる情報は、テレビよりもむしろネット」と言い始めている。とはいえ、まだ、自ら主体的に情報を探し、取捨選択をし、行動につなげるといったリテラシーの高い人たちはまだ少数派だ。ネット動画の視聴者数や雑誌の購読数などから試算しても、およそ10万人程度。多く見積もっても20万程度に過ぎない。テレビの視聴率にこれを当てはめると、わずか0.1~2%だ。
長年、反原発運動の盛んなドイツでは、市民が運営するラジオ局が大きな役割を果たしてきたと言われる。ドイツでは、1980年代以降、イタリアやフランスなど広まっていた「自由ラジオ」と呼ばれる海賊放送が地域に定着。原発に反対する活動家たちはその放送を使って原発の問題を告発し、一般市民にも問題意識が共有されたという。自由ラジオは後に免許を得て合法化され、免許を得た市民によるラジオ局が今も各地で活発な放送を続けている。
このように、行政や企業から独立し、市民独自の視点で情報を流すメディアをコミュニティメディアと呼ぶ。2009年にはEU議会の文化部会で、「コミュニティメディアに関する決議」が採択され、従来の公共放送や民間放送と並ぶ第三のメディアとし位置づけるようEU諸国に呼びかけた。市民のメディアがNHKや民放と肩を並べるなどということは、日本ではなかなか想像できない。しかし、世界に目を向けてみると、日本のように均質的なメディア状況のほうが、むしろ少数派である。
日本でも最近では、インターネットの広がりにより、既存メディア以外の様々な言論に触れることができるようになってきている。フリージャーナリストやネットメディアの活躍によって、記者クラブ問題に光が当てられるなど、メディアに様々な地殻変動が起きている。しかし、そうしたより開かれた言論状況が形成されつつある一方で、今もなお、社会的な発言の場といえるような公共圏から疎外され、光があたらない領域があることを忘れてはならない。
小さな、周縁の声が、猛スピードで消費される様々な情報にかきかせれ、ほとんど届かない現実。同時に、本来、一番、情報にアクセスできなければならない層が重要な情報から遠ざけられてしまっている。
私はOurPlanetTV(アワープラネット・ティービー)というインターネット放送局を運営している。2001年の9・11事件をきっかけに立ち上げた非営利のメディアだ。人権問題や環境問題など、テレビではなかなか取り上げられない事柄を中心に番組をつくり、配信している。メディアを利用して情報を発信したい人のための場をつくったり、小さな声、多様な情報が共有されるメディア政策を実現するための取り組みを行っている。しかし、充分なシステムが整っていない日本では、活動に限界を感じているのも確かだ。
情報の格差を埋め、公共圏を更に開くために、果たして私たちは今、何ができるのか。広く海外の事例なども参考にしながら、その処方箋を考えたい。