福島第一原発事故
2025/12/12 - 17:01

原発事故の「病院避難」、院長が講演~福島市内の看護学生に

看護科のコースがある福島市内の福島東稜高校で12月11日、福島原発事故当時、病院全体の避難を経験した双葉厚生病院の重富秀一院長を招いた講演会が開催された。保護者向けの講演会だったが、看護科の生徒も参加。15年前に起きた病院の過酷な避難経験に耳を傾けた。

東日本大震災のあった2011年3月11日、重富院長は、福島第一原子力発電所から4キロの距離にある双葉厚生病院から福島市に向かう途中で地震に遭遇したという。余震の中、病院にたどり着いたときは17時すぎ。重富院長は、病院職員が撮影したという写真を交えながら、当時を振り返った。

災害時、人の生存をわけるのは72時間と言われる。津波の被災者をはじめ、新たな患者の受け入れに向けて会議をしていた翌12日の早朝、タイベックスーツを着た警察官から突然、病院に入って来て、即座に避難するよう勧告を受けた。72時間、全力で人を助けるはずの病院が、24時間も経たずに避難するのはおかしいと、重富院長は激しく抵抗。しかし、テレビから流れてきた「炉心溶融」という言葉を聞き、避難を決定せざるを得なかったという。

ところが、避難に動き出したとたんに、ベント作業によって、避難は一時、中断。避難の行動は二転三転した。身動きの難しい患者40人は避難させないつもりだったが、最終的には、自衛隊のヘリコプターを使って、全員避難することに。職員52人がいても、避難は困難だったと振り返る。

しかも、避難を始めた直後に1号機が爆発した。最後は、双葉高校のグランドからヘリコプター8機を使って、病院を脱出した。

重富院長は途中、ユーモアを交えながら講演。大変なことばかりに目を向けず、未来に向かって進めるような振り返り方が必要だと話したうえで、看護科の学生たちに頑張ってほしいとエールを送った。

福島東稜高校では、5年間で看護師の国家資格を取得できる専門コースがあり、講演を聞いた生徒は全員、看護師志望。3年生の生徒の1人は、震災時はまだ3歳でほとんど何も覚えていないが、「震災と原子力発電所の事故の影響で、医療従事者がすごい大変な思いをしていたことを実感できた。」という。また、別の生徒は「災害多い日本で、不測の事態で対応するには医療従事者がやはり欠かせないと思うので、将来医療に就く者として、地域のことを知っておくことや、学校での避難訓練などを大切にして、迅速に行動できる医療者になりたい」などと感想を話していた。

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