タイトルと音楽

タイトルに込めた思い 渡辺 一枝(スーパーバイザー)

某日、神保町のビルの一室でパソコンの画面に流れる映像を視聴していた。視聴にあたっての課題は、いま視聴している映像にタイトルを付けるということだった。

主人公のこはくさんは、中学1年の時の穿刺細胞診の痛みと不安、また甲状腺がんが診断されてから受けたアイソトープ治療の辛さや、点滴の管から外されて自由に動きたかった入院時の思いを語る。

2011年3月、卒園式を迎えることもなく海辺の町から遠く離れた会津へ避難した少女のあの日からを思うと、壮絶な体験に胸が抉られて、私はいたたまれない思いにとらわれながら画面を見つめていた。海辺に立つこはくさんの後ろ姿をカメラは追い、スニーカーを履いたこはくさんは寄せて来る波に躊躇もなく、濡れることにもまるで無関心なように気負いもなく、ごく自然なふうに波打ち際を歩いていた。

観終えてもまだ私は、無邪気で伸びやかであろう筈だった“子どもの時間”が奪われた20年の歳月に気持ちが向いて、すぐには言葉が出せないでいた。それでも何か言わなければならないようなその場の空気に押されて、ふと、口をついて「波打ち際に足跡を残す、かしらねぇ」と言った。それはこの日、一緒に映像を見るにあたっての課題であった「タイトルを考える」ことと関わりなく、ため息のように漏れたことばだった。

だが私がそのことばを発すると、それまで何か思いあぐねたような表情だった白石さんの目に光が射して(私にはそんなふうに感じられた)、「いいですね!それでいきましょう!」と言い、パソコンを操作していた高木さんも白石さんの声に頷いた。ため息をつくようにことばを発した私だったが、白石さんの弾んだ声に「あ。これってタイトルに相応しいかもしれない」と思えた。そしてじわりじわりと、その思いは強くなっていった。何気ないことばを白石さんが掬い取ってくれたのだった。

内在した思いは、意識せずとも行動に現れるのかもしれない。なんの気負いもなく波打ち際を歩いて行ったこはくさんの足取りは、「あったことを、無かったことにはさせない」意思を表していたのだろう。ため息のようにふと口をついて出た私のことばもまた、こはくさんの思いを感じとって出たものだったのだろう。そして白石さんは、そのことばに自身の内にある思いを重ね合わせて、しかと受け止めたのではなかったかと思う。「波打ち際に足跡を残す」のタイトルは、こうして生まれた。

主題歌「よるべの海」制作によせて  櫻井 杜音(主題歌制作)

このドキュメンタリー映画を見終えた後に、私の中に強く残ったものは、痛みと諦めでした。

東日本大震災が発生した当時、コハクさんは幼稚園児。甲状腺がんの検査を受け、手術をする映像は直視することができないものでした。生き延びるために、大きな痛みを引き受けなければならないこと。お医者さんの指示にしたがって、淡々と現状を受け入れていかなければならないこと。患者だから仕方がない、と、隔離された部屋で看護師からご飯を受け取ること。

痛みをなかったことにしないで。最初に映画を通して伝えるべきメッセージだと思い、初稿の歌詞を制作しましたが、白石さんから頂いたフィードバックは「痛みにフォーカスするよりも、誰かと出会う希望や絆を打ち出していきたい」ということでした。震災を語るうえで、安易な希望を打ち出したくないことを、はじめに考えていたので、どう歌詞を制作するか、迷いました。今振り返ると、当時あるいは今の自分の傷みに共鳴して、どうにか理解されたいという利己的な心の働きが強かったのかもしれません。

希望に対してどちらかというと消極的な自分が、どう希望を歌えばいいのか。曲を練り直すなかでヒントになったのは、成長の過程に対するよろこびでした。本人が努力してどうにかなるというよりも、周りと関わるなかで少しずつ変化していく。大人へ向かうにつれて、関わる人が増え、その分だけ、自分の気持ちや経験を表現する言葉が増えていく。経験は違くても、同じようなよろこび、いかり、かなしみを抱いたことがある人に出会い、ほころぶ。そういう変化に対する喜びを、歌詞として表現しました。

映画の中でコハクさんは、諦めていると同時に、諦めていないように感じました。それは、自分ではどうにもならなかったことに対する過去の諦めを手放すことなく、自分の人生をよりよく送るため血としてつながっているような、そんな気がしました。 よるべの海というタイトルの「よるべ」は、「寄る辺」という言葉に由来します。「寄る辺」は「頼みとして身を寄せるところや人」を意味する言葉です。誰一人同じでない人々が、どこかであるいは何かで出会い、思いを分かち合う。この映画が寄る辺となり、心のほころびとなり、明日を生きていける小さな灯になるとしたら、とても素敵なことだと思います。

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