コメント

入江 杏(ケアミーツアート研究所代表)

波打ち際の足跡—足跡は消えてしまうのか、琥珀のように凝固して残るのか?

こはくさんの語りには、内部に古代の昆虫や植物を閉じ込める琥珀のように、語らないもの、語り得ないもの、見えないものたちが潜み、秘められている。こはくさんの姿を捉え、綴った映像は瑞々しくも、胸に迫る。

世田谷事件遺族の私は、6年の沈黙の末、語り始めた。トラウマを巡る人の関係性を地政学に准えた、宮地尚子さんの提唱する「環状島モデル」によれば、私は、語りが不在の「内海」に沈むのではなく、環状島の内斜面から這い上がる生存者となった。

表現を通じて、傷と向き合い生存することの厳しさ、そして、尊さ。

内海から出て、内斜面から尾根に向かう道のりは険しい。見通しがきかないつづら折りは、果たしてどこまで続くのか?時に、道が急に開け、眼下には青い海、頭上には澄み渡った空。いつしか、手を携えて登る人たちと笑みを交わすことも。

こはくさんの幸せを心から願う。

武藤 類子(福島原発告訴団団長)

とても重い内容なのに、観終わった後に清々しさすら感じるのは、映像の美しさと、こはくさんの凛として聡明な言葉と姿からくるものだと思う。

諦めから始まり、病気を受け入れ葛藤し、病気は悪いことだけではなかった、と言わしめる軌跡が、静かに迫り感動する。

福島原発事故は終わった、放射能は危険ではない、というプロパガンダのもとに、放射性ヨウ素が拡散された地域で増え続ける小児甲状腺がんについて、報道もほとんどされず、県民の関心もなくなっている。その中で、若い当事者たちが闘う裁判は、暗闇の中の小さなきらめきだ。

本来大人たちは、彼らにそんなことをさせてはいけなかった。私は何もできないけれど、せめて心寄せたいと裁判に通う。

波打ち際の足跡は、寄せては返す波に消えてしまうけれど、こはくさんが歩いた足跡が、見えないけれどしっかりと残されている。

アイリーン・美緒子・スミス(環境NGOグリーンアクション)

原発事故から15年が経ち、事故が風化する中で「私は何ができるのかしら?」とお悩みのあなたへ。

21歳のこはくさんが淡々と語るこの体験をぜひ聞いてください。そして、お知り合いの若い方にこのドキュメンタリーを紹介してください。

ご自分と同世代のお友達にも共有したら、福島事故当時大人だった私たちが今何をするべきかが見えてくると思います。事故当時の子どもたちが、311子ども甲状腺がん裁判の原告なのです。

最年少のこはくさんのこの勇気ある証言こそが、多くの方の気付きとなるでしょう。そして、きっと、ご自分にも勇気を与えてくれるドキュメンタリーだと思います。

竹信三恵子(ジャーナリスト)

原発事故当時6歳だった少女に、13歳で甲状腺がんがみつかり、16歳で転移が判明する。その経緯を当事者に寄り添って映像化したこの作品を通じて、2011年3・11に起きたことはなんだったのかが、15年かけてじわじわと身体に染み入ってくるような感覚を味わされた。

中でも言葉を失ったのは、少女が原発のある町を歩くシーンだ。少女の歩みと共に、かつて人が住み、いまはだれもいなくなった場所が映し出され、それを通じて、人がいなくなるほどの事故があそこで起きたのだ、ということが、私たちにシンプルにつきつけられる。

取材する側にとって、被害者に語ってもらうことは本当に難しい。人は、あまりに傷ましく、恐怖が強い経験をしてしまったとき、それを言葉にできない。ただ、それでも、それを話すことで、孤立から救われ、癒しへの一歩を踏み出せることがある。そうした瞬間に立ち合えるかどうかが取材することの存在意義であり、正念場かもしれない。

この映像は、そんな被害者の10年を、その傍らで黙って映し出し、語れないが語りたい、忘れたいが忘れたくない、という人の複雑さを浮かび上がらせている。

小出 裕章(元京都大学原子炉実験所助教)

標準的な原発が1年動けば、広島原爆1000発分の死の灰を作る。原発とはそれをため込みながら動く機械である。万一でも事故を起こせば、被害が破局的になることは分かっていた。でも東京電力は技術の力でそんな事態は防げると豪語し、国も「厳重な安全審査」をしたとして、それにお墨付きを与えた。

しかし2011年3月11日、東京電力や国の想定をはるかに超える事故が起こった。防災など全く役に立たず、なす術もないまま子どもを含めて住民が被曝した。国と東京電力は「想定外」だったので仕方ないと言い訳した。

原発事故時の被曝が子どもに甲状腺がんを引き起こすことはすでに知られていた。そして、フクシマ事故の後、現在までに400人を超える子どもたちが甲状腺の摘出手術を受けた。映画の中で明るく振舞うこはくさんの中にどれほどの苦悩があるのだろう?こんな重荷を子どもたちに負わせた責任は、いったいどこにあるのか?被害を訴えると「風評被害」を煽ると批判される中、こはくさんを含め立ち上がった子どもたちがいる。彼らに幸あれと私は願う。

菅谷 昭(元松本市長・医師)

私が松本市長の頃、市役所を訪れた福島在住の母親の皆さんからこのような声を聞いた。女子高生たちが学校で「私たちは国から見棄てられたんだ。“棄民”なんだよね。だからもうどうなってもいいんだ」と。一瞬耳を疑った。しかしこれは若者たちの切実な叫びだ。

私はかつてチェルノブイリ原発事故により甲状腺がんに罹患したベラルーシの子どもの治療に関わった。その折に痛感したことは、原子力災害による子どもたちの苦痛とは「彼らの生きる権利」への侵害に伴う肉体的および精神的な痛みや苦しみであり、まさに「子どもたちへの虐待」に通ずるものである。

本ドキュメンタリー「波打ち際に足跡を残す」は、私がその昔突きつけられた衝撃が再現されている。日本でも同様の過酷な現実が!こはくさんが近い将来立ち直り、光を見出し力強く生きることの喜びを享受して欲しい。是非多くの皆様が本作品を鑑賞され、その実体を深く知ってくださることを強く願う。

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